第2話・さくら





さくら


  「竹千代」が我が家に同居するようにな
ってから、約1年が過ぎた、まだ肌寒い梅
雨の夜だった。JR松戸駅にほど近い神社
の前を、パートナーの三浦と通り掛った時、
彼女が突然「ネコだ!」と言った。
立ち止まって耳を澄ませると、確かに猫の
鳴き声が聞こえた。親を呼ぶ時の、あの甲
高い悲しそうな鳴き声が聞こえた。早速、
2人の猫捜索隊が活動を開始した。石の裏
側、木の根っ子、縁の下・・見つからない。
声の聞こえた方に行くと、鳴き止んでしま
うのだ。しばらく動きを止めて、息を凝ら
していると、か細い声が聞こえる。

 それっとばかりに、捜索を再開する。梅
雨寒のシトシト雨の中での事であった。
同居猫第二号の身柄確保は、難航を極めた
が、どうにか保護に成功した。急遽、我が
家に直行し、ミルクと食事を与えたが、ミ
ルクは飲まず、煮干をバリバリ食べた。こ
の時、この仔は生きると確信した。
続いての作業は、真っ黒に汚れた体を洗う
ことであった。ペット用シャンプーをぬる
ま湯で薄め、体を洗い出して驚いた。お湯
が見る見るうちに赤く染まっていくのであ
る。此れはいかなる事か。体のどこかに傷
口でもあって、出血しているのだろうか。



さくら




さくら


  直ちに、入念なボディーチェックを開始
した。しかし、どこにも怪我らしい痕跡は
見つからなかった。代わりに、大量のノミ
のフンを発見するに到った。離乳してまも
ない、体重1Kgに満たない小さな体に、
100匹は優に越すノミの大群が、所狭し
と群がっていたのだ。小さな体の血を吸っ
て、排出されたフンがお湯に溶け出した色
だったのだ。「にっくきノミども、ゆるさ
ん」とばかり、ノミとりシャンプーを塗っ
たくり、ちぎっては捨て、むしっては捨て
腰が痛くなるまで頑張ったが、捕り切れな
かった。戦いは、丸3日に及んだ。

 この仔は女の子であり、大変綺麗な肉球
をしていたので、「さくら」と命名した。
「さくら」は大変臆病な仔であった。先住
していた「竹千代」の大胆さに比べると、
かわいそうな位、人に怯えた。野良猫とし
て生きてきた、わずか2ヶ月あまりの間、
よほど恐いめに会って来たのだろう。知ら
ない人を見ると兎に角、隠れたがった。玄
関に人の気配を感じるや否や、何者だとば
かりに飛んでいく「竹千代」とは対照的に、
すぐ物陰に隠れた。たまに来客などがあっ
た時など、何処にどう身を隠すのか、誠に
巧みな技を使い、その人が帰るまで決して
現れない徹底ぶりであった。



さくら




さくら


 「さくら」の「竹千代」及ぼした影響は
大いに歓迎するものであった。それまで、
自分を人間とばかり思い込んでいた「竹千
代」に、ネコとしての本分を教えてくれた
ことである。「竹千代」は我が仔のように
「さくら」を慈しみ、「さくら」は実の父
親のように「竹千代」を慕った。「さくら」
に危害を加えそうだと判断した「竹千代」
はその人間を容赦なく威嚇した。それを見
守る我々は、「竹千代」の攻撃から人間を
守る事に、神経を使わされたほどであった。
「竹千代」が逝った後、めっきり元気の無
くなった「さくら」はほぼ1年後、後を追
う様に、老衰で他界した。


         プロフィール

   生年月日:昭和61年5月某日       
   名 前:さくら(♀)
   愛 称:サーちゃん
   出生地:千葉県松戸市某所
   保護地:松戸市某神社藪の中
   好 物:鰹ぶし、刺身、煮干
   嫌 物:人間
   性 格:やさしい、臆病
   特 技:忍法雲隠れ
   持 病:膀胱炎
   怪我歴:臆病につき怪我はなし
   体 重:4Kg(ピーク時)
   享 年:14歳6ヶ月
  



さくら

第3話へ続く