第4話・森太





竹千代と森太


  捨てられていた仔猫との遭遇は、いつも、
ある種の縁を感じさせられる。それは脚色
のないドラマであり、思い返せば、感動的
ですらある。そして「森太」もそうであっ
た。平成9年7月22日午後7時前、金子
陽子は日課である犬を連れての散歩に出た。
夏の日差しの火照りが少しは和らぐ、この
時間帯に森を抜けて、1時間ばかりのコー
スを辿る事が常であった。夏場の日没は遅
かったが、森の中はさすがに薄暗く、足元
は判然としなかった。道半ばに差し掛かっ
た時、彼女は仔猫の鳴き声を聞いた。
生後2ヶ月あまりの、黒猫の仔どもであっ
た。森の中を何日か彷徨っていたのであろ
う、その仔は痩せ細り、両眼は目やにに覆
われていた。以前に、これと同じような仔
を拾い、助けようと努力したが、力及ばな
かった事を思い出した彼女は咄嗟に「この
仔はだめだ」と思った、と言う。

 「このまま死なせてあげよう」と、その
場を立去ろうとしたとき、従順な2匹の犬
(リリとテレス)が反旗を翻した。
てこでもその場から離れようとしないので
ある。2匹でこの仔を舐めまわし、連れて
行くんだと言わんばかりの抵抗を示したの
である。森で出遭った男の子、「森太」は
こうして我が家の8番目(犬を入れれば10
番目)の同居猫となった。長毛のクリクリ
ヘヤーをした仔で、珍しいことに(理由は
後日、判明するのだが)尻尾に毛がない、
ヘヤレス・テール・キャットであった。
この時「森太」は重篤な病にかかっていた。



森太




森太とテレス


  暮も押し迫ったその年の12月23日夕
刻のこと、この仔が首から血を流していた。
喧嘩をして怪我をしたんだろうと、さほど
気に止めてはいなかった。しかし、1時間
経っても3時間経ってもいっこうに出血が
止まらない。ついに翌日になったが、それ
でも赤い血が流れ続けている。さすがに、
慌てた。急遽、獣医の下へ駆けつけた。
出血が止まらない理由は、白血病のせいで
ある旨の宣告を聞くこととなった。母子感
染であろうとの獣医の見解であった。尻尾
に毛がなかったり、体の所々の毛がボッソ
と抜け落ちていた理由が、この病気の為で
あった事を知り愕然とした。

 不治の病、白血病・・・何という事か!
その夜、この仔は危篤となった。
出血していた首と腹に、包帯をぐるぐる巻
きにされ、ゲージの中に横たわりっていた。
呼吸が荒く、見るからに苦しそうに喘いで
いた。呼吸数は1分に100回を超えた。
時計が午前0時を回っても、改善されるど
ころか、益々悪くなっていく。「モリちゃ
ん!モリちゃん」と声をかけていた陽子が
突然、大声になった。「モリちゃん、しっ
かりしなさい。あんたはまだ若いんだから。
死ぬのは早すぎる。あんたはまだ、生きら
れるよ。がんばって、モリちゃん。モリ!」



森太




森太


  「あんたはまだ、生きられるよ。がんば
って、モリちゃん。」・・・・この呼掛け
を、何十回叫んだであろう。出血の為、酸
欠状態で喘ぐ「森太」の耳元で、叫び続け
たのだ。・・・・永い時が経ったように思
う。この仔を見守る我々の中に、半ばあき
らめが生まれていた。「もう、いいよ。可
愛そうだ。このまま静かに逝かせてあげよ
う」そう言って、呼掛けを止めた。静観す
る我々の前で、突然、この仔は呼吸を止め
た。そして次の瞬間、大きく深呼吸をする
と、穏かな普通の呼吸に戻っていた。奇跡
的だった。時計は午前5時をまわっていた。


 この瞬間から、「森太」は快方に向かっ
たのだ。2週間ほどは包帯をしたままだっ
たが、死の淵からこの仔は戻ってきた。
不治の病を背負いながら、生きられるだけ
生きようとする気持ちを、この仔は我々に
見せてくれた様に思えた。
歯茎から血が出ると、すぐ消炎剤を飲ませ、
熱があると抗生物質を投与した。対処療法
以外に手立ての仕様がないこの病気との戦
いは2年強におよんだ。その間、健気で、
可愛いモリちゃんが、いつもそばに居た。
外傷には即座に対応する事ができるが、内
臓の不全には、手の施しようがなかった。
「森太」は、平成12年2月20日、3年
に満たない一生の幕を閉じた。



森太




森太とテレス


         プロフィール

   生年月日:平成9年5月某日       
   名 前:森太(♂)
   愛 称:もりちゃん
   出生地:千葉県某所
   保護地:市川市森の中
   好 物:猫缶、乾きえさ
   嫌 物:特になし
   性 格:人懐っこい、おだやか
   特 技:特になし
   持 病:白血病
   怪我歴:喧嘩(?)による傷
   体 重:4Kg(ピーク時)
   享 年:2歳9ヶ月
  

  あとがき  秋の夜長のつれづれに、昔のアルバムムを開いて見た。その中に、可愛い子猫達の姿を見つけ
       ふと、在りし日の彼らに想いを馳せる時、汲めども尽きぬ懐かしい出来事が、次々と湧き出して
       来た。共に生きてきた十数年の中で、特に色濃く残っている幾つかの事柄を、記録しておきたい
       と思い、このページを作成した。ここに取り上げた4匹の子猫達は、生前決して入れてもらえな
       かった寝室に、一晩安置され、後日荼毘にふされた。四つの小さな骨壷は、今も居間に仲良く並
       んでいる。近い将来、引っ越すであろう新しい家へ、連れて行こうと思っている。   02/12/02
                                                     SHIGEJII
おわり